KING OF PRISMと若者(私)の話
キンプリ5周年おめでとうございます。この節目にたくさんの人がキンプリとの思い出を語ってくださり、また初めてキンプリを見る人もたくさん観測できて上映していた頃みたいでとっても楽しいです。
たくさんのエリート達のツイートを見てると、キンプリに出会って死にたかったのがなくなったとか転職したとか友達が増えたとか血尿が止まったとか色々、人生を変えられている人がずいぶんいるのだと思った。
私は5年前のキングオブプリズム バイプリティーリズムの頃からずっと応援してるけど、別に当時病んでいたわけでもないし、TLのみんなたちみたいな大きな変化が自分にもたらされたとも思わない。というのも、当時私は16歳の高校生だった。変えられるも何も、人生ほぼ始まっていなかったときに私はキンプリと出会いました。そして5年間、キンプリと共に人生走り抜けてきました。
結論から言うと、キングオブプリズムを浴びて育った若者…、いい子になりました。
(笑)
自分で言う!?て感じだけど、キンプリ見てなかったらこんな考え方できるようになってなかっただろうな〜と思うことが結構あるので、キンプリに育ててくれた感謝を込めてちょっと書いてゆきたいと思います。
自分語りします。始まりは、ツイッターで評判を見かけたことだった。2016年の1月末だった。
当時は、「ケツから蜂蜜」「電車でハリウッド」「キンプリはいいぞ」的な文言がいっとう流行っていた頃で(キンプリはいいぞって懐かしくない?)、私のタイムラインにもそれしか言わない人が出てきて、同じ漫画を好きだった人が落ちているのが決め手になり一人でディノスシネマズ札幌劇場に足を運びました。通常上映だった。
お客さんは私を含めて4人しかおらず、「やべー」と思ったけど、始まったらもう作品のほうが相当やべーので全然気にならなくなりました。
60分後、「これが噂のケツから蜂蜜かー」とか思ったけど、意味わかんなさが先に来てゲラゲラ笑えるようなこともなく、かといって内容が理解できるはずもないので、感想としては驚くべきことに「無」だった。あれだけの情報量を持ってして、無理解の前には「無」である。「意味わかんない体験をした」という感覚だけを持って帰ったことを覚えている。
そんなわけで一発でブッ刺さったわけではなかったキンプリを、でも後日もう一回見に行った。TLではしゃいでるエリートが楽しそうすぎてこれになりたくて、こんだけ楽しめる何かを私は理解できていないだけなんだと思っていた記憶があります。
ともあれその二回目で私は落ちた。オバシャを踊る一条シンくんのキラキラした笑顔を見ながらホロホロと泣いてしまい、「え…、私、泣く!?!?」とわりと屈辱を覚えた。ケツから蜂蜜出してる映画で泣くの恥ずかしいしヤバイ奴じゃんて。
でも今思うと別におかしいことなくて、普通に幸せ泣きの原体験だった。思うに疲れた大人に響くようなものなら誰にだって響くんだろうと思う。ユニバーサルデザイン
ところで当時はオバシャじゃなくてオバサンと略してウケてた人が多かった気がする。エリートにも変なやつの比重が高かったから…。
そして、とりあえずストーリーを掴みたくて見たプリリズRLを2日で完走しズタズタに泣き、もう一切のためらいみたいなものが吹っ切れてキンプリが大好きになった。ドンキでボキボキペンライト買って応援上映に行ったし、高校生ながらにお小遣いをかき集めて合計8回くらい見た。この頃は本当に友達と遊ばなかったし服も買わなかった。すべてキンプリに費やしていた(不健全…)
キンプラの制作を知ったときは本当に嬉しかった。
「想いが届いた」「応えてくれた」って思ったし、キンプリは成功して、これからも成功していくんだとなぜか信じて疑わなかった。これから上昇していく一方のものを一緒に見守っていられるんだと強く感じた。何より私の推しはシンくんだったから、新作がなければオバシャで感じた幸せの予感を予感で終わらせなければならないところだった。
人生においてこんな感情ってこの時が初めてだった。だって16年しか生きてないんだし。
ずっと、いつ終わるとも続きが出るともしれないアニメを、どうしてそんなに?てくらい楽しめていたけれど、「この楽しいこと、続きます!」っていうのは、もっとありえないくらい力をくれるのだと知った。
その存在だけで生きる力をくれたキンプラは、果たして、死ぬほどめちゃめちゃ面白かった…!
試写会も当たっていたけれど用事で行けなくて、公開日に見に行って完全に魂を抜かれてしまった。定期テストの三日前とかだったけど、完全に使い物にならなくなって修羅場返しうちわをひたすらに眺めていたことを覚えている。
いや…、大好きな映画の、一年待った新作があんな神クオリティでくること、ある!?!?
「はい、ソフトクリーム、あ〜ん♡」には勝てないやろ…と思ってたのに悠々超えてくるじゃん!!
応援に対してクオリティで応えてくれたってすごく思える出来で、エリート達のクソデカ期待を大きく上回る濃縮還元「これがキンプリです」最高。キンプリが好きですって言ってたらキンプリ作ってくれた。キンプリ屋に行って親父!キンプリ一丁!つったら「あいキンプリ一丁」て出てくるタイプのキンプリ。過不足なし隙なしの傑作!最後にタイトル回収するのが良い。あ〜キンプリ見たわ〜になる。
それに、作る人の「俺はこれが作りたいんじゃ」が伝わってくる作品を見るのは本当に幸せ!私はヒロ様大好きだけど、監督のほうが私よりよっぽどヒロ様大好きで、それが伝わってきて、もうめちゃ最高!!
キンプラが面白かったから、私は自分のことも好きになった。
家族に呆れられながらも応援し続けてきて良かった〜。それに私が面白いって感じたもの、やっぱり面白かった!やるやんけ!
キンプリ、キンプラ、スッスッスと応援してきて見つけたのは、面白いものを作って、それを全力で応援する人たちがいて、応援を受けてさらに面白いものを作って、ファンももっと応援して…っていう純度の高い循環。その中にいる自分も、適当じゃないまっすぐな関わりを他者(キンプリ)と持てていると感じられて、すごく満たされていた。
あと、もともと別に他人の悪口とか言うほうじゃないけど、キンプリを応援してるうちになんかよりいっそう他者を信じられるようになった。性善説。(???)
新作ほしい!頼む!て思ってたらめっちゃおもろいのが来たっていう、信じたら報われるということの”成功体験”があるので…。
それに映画館で出会うエリートさんがみんな優しいし、映画館のスタッフさんはめちゃくちゃキンプリの上映に力入れてくれてたので、それもあって他人とか大人とか仕事とか社会とかそういうものを基本的に良いものとして捉えられている。キンプリに登場する大人はみんな頼りないが…
私の応援で誰かを助けられるって素直に思えるし、好きな相手に愛してもらえることがあるって知っている。(スッスッスでキンプリと結婚したときのことを言っています)
いや〜まじ知育されてんなキンプリに…。しかもなんか書いてて思ったけど作品の内容よりもキンプリというムーブメント自体にかなり善性を教えられているな 「善」という体験を与えられてるもんな わたしが好きなのは西Pだったのかもしれん
ちなみにキンプラのストーリーに知育された話をすると、プラでミナトさんがヒロさんのためにりんごとはちみつのカレー作ってくれるとこが好きで、初見時りんごとはちみつのカレーがコウジのレシピだってわからなかったからミナトさんがヒロさん(りんご)とコウジさん(はちみつ)の概念カレーを作ってヒロ様を激励したんだと思ったのね。(腐女子?)(コラボカフェ?)
でもそうじゃなくてあのカレーはコウジのレシピを再現したもので、ミナトさんはあの時微笑んでいたけれど、本当はヒロさんが自分のレシピのカレーは食べてくれなかったのにコウジさんのカレーは食べてくれたことが泣くほど悔しかった(エンドロールのやつね)っていうのがめちゃ切なくて身が千切れそうだった。このあとヒロはしっかりプリズムキングになるしコウジからのフォローがあるのでちゃんと報われてはいるんですが
でもなんか、そういうことってあるんだろうな〜ってすごく思った。嬉しいことや優しいことの裏にも誰かの忍耐や苦悩があるというのが、なんかすごくそれが印象的だった。カレー作ってくれたから喜んで食べたらあとで泣いてるなんて思わなくない?
でもだからこそ、より一層人からの親切は素直に全力で受け取ろうと思った…。どんなに泣いてでも食べて欲しかったカレーかもしれないから…。(プリズム道徳)(でも道徳って言葉あんま好きじゃないんだよね、善悪ではままならないこともあるってキンプリ見てたらわかるから…)
それと、他人に対して寛容になった気がする。
キンプリで素直になれねえ人を見すぎて、現実でひねくれたやつに会っても素直じゃないんだな〜(おわり)ができるようになった。
あと、大好きな作品だけど合わないなってとこも当然ある。そういうときに、ジョージ絶対地元愛とかなくない!?って思っても、ま、菱田監督にとっては地元愛は普遍的にあるものなんだろな…とか折り合いをつけて、好きでい続けられるようにしてたら、日常生活でもだいたい何でも受け入れられるようになった。怒らなさすぎて「他人に興味ないんですね」って言われたことすらある。いやなんでやねん。
考えれば考えるほど、キンプリが自分の考え方の一つの指針になっている。
なんかもう…、キンプリと生きてきたことが私にとっての成功体験と言っていい(こういうこと言うから宗教になる)まじ…人生…楽しい!!まだ始まったばかりなのにすでにこんなに最高でいいのかな?
だって信じてたら報われる経験とか涙が止まらないほどの感動とかそういうのをすでに味わってるわけで、この先人生で何が起きても「でも速水ヒロはキングになったしな〜」「でもキンプリはテレビシリーズになったしな〜」って、折れずに生きていけると思う…多分。
キンプリを好きな自分が好きだし、キンプリを動かしてくれてるすべての人に感謝してるし、菱田監督には超超感謝してるし、親切にしてくれるエリートさんやいつも頑張ってる映画館のスタッフさんがめっちゃ好き。全部まじでそう思う。自分にこんな綺麗な感情あるんだ…ってなるくらい心からいつも思ってる。
そういうわけで、キンプリを見て育った人間はキンプリみたいな感情を持つ人間になりました。これからもずっと大好きな宝物です。